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父が死んだ日の話。
呼び出されて来てみれば、父が自室で血を吐いて死んでいた。
――へぇ。
……いや、へぇって。想定していた以上に感情が動かなくて、自分に少し落胆した。
まさか、敬愛する…… 敬愛してたっけ? まあ好きだった、少なくとも好きだった父の死に直面して最初に漏らす声がよりによって、へぇって。ボクは思っていた以上に薄情な娘だったみたいだ。
父はもう間に合いそうにないので冷静に見切りをつけて(やっぱり薄情だ)、次に向かったのは地下の厨房。父に茶を淹れるのは彼女の役目だったから、彼女が毒を仕込んだとすればそれは厨房だろう、という気軽な考えだったけれど、彼女は確かにそこにいた。
金糸の髪を床に散らして、それはそれは美しい、まるで浜辺に打ち上げられた人魚姫のように。その彼女に近づいて、まだ息があることを見留めた。
馬鹿をしたね、と声を掛けた。
よりによってヤスアキを――父の名前はヤスアキというのだけど、ボクらは呼び捨てていいことになっているから、そう呼んでいた――、殺すなんて。ボクらであればまだ希望はあったかもしれないけど、彼女たちではよくて相討ちじゃないか。いや、まあ実際相討ちに持ち込んだんだから、彼女にしてみれば上出来なのかな。
「……死んだの?」
濁った眼を少しだけこちらに動かして、彼女、クロエは睨みつけるようにボクを見上げた。美しい少女だった。金色の髪と翠がかった碧い瞳。フランス人形みたいに小さく整った鼻と唇。けれど身体はボロボロだった。たぶん、心はもっと。
彼女は生み堕とされたときから娼婦だった。心無い男たちに弄ばれる運命を背負わせた父を、彼女が憎むのは当然のことだ。姉妹として、いくら薄情なボクだって憐れに思う。自分が彼女の立場だったら、なんて考えるだけで悍ましい。というか、ボクだったら死んでるかもしれないね。
それはそれとして、彼女が父殺しの罪で罰せられることになるのは当然の報いでもある。
ボクたち姉妹の立ち位置は、どうにも各々の感情で決めるわけにはいかない、難しいものなのだ。
ああ、そういえば。ヤスアキが死んだのか、訊ねられたんだった。
死んでいたよ、と教えてあげる。どうやらボクが殺す予定だったのを、クロエが無理矢理乱入してきたらしいことも。
「そう」
クロエは満足げに微笑んだ。
「最期に一矢報いたのね、わたし」
ああ、うん。ボクに濡れ衣を着せてくれたことはノーコメントか。まあいいんだけど。
「あなたに殺されたがっていた、あなたに殺されると思い込んでいたヤスアキを、本当に殺したのはこのわたしなの。これって上等な復讐よね」
姉を巻き込んでおいて暢気だなぁ。
「不出来な妹の最期の我儘くらいお聞きなさい」
そう言って、最後に深く息を吐いて、彼女はこと切れた。
ああ、これが父を殺した娘の末路なのか。やっぱりちょっと、胸に来るものがあるね。カワイソウ、というか。
髪が顔に掛かっていたからよけてあげる。満足げな死に顔だ。こっちは他の姉妹から冤罪を追及されそうなんだけど、まあそのことは追々考えるとして、ちょっとだけ、救われたような気持ちになった。
屋敷の裏には、薬草園がある。クロエが手入れをしていた、茶の葉になる植物を育てる小さな庭だ。その片隅に、なるべく綺麗な石を積み重ねて、小さな墓を建てた。
まあ、素人仕事とわかるだろうけど、許してね。
墓の裏に座り込み、書き終えたその文章を見て、こんなものだろうとナイフを仕舞う。
汚れた手のひらをはたいて、さっさと引き返した。
『運命に翻弄され、運命を憎み、運命に反逆せし娘、ここに眠る。
その勇気に畏怖と尊敬を込めて。逢沢アイリ』
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