花抄院佳秀の場合 1|Gift 忍者ブログ

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花抄院佳秀の場合 1
出来の悪いお姉ちゃんで、ごめんね。






 神さまというのは傲慢不遜で自分勝手でご都合主義で、そして自分の原稿用紙の上で子羊たちが戸惑い憂いているのを嬉々として眺めている、とんでもない性格破綻者なのだけれど、父はそんな神様を信じ切っていて、いつかわたしも部屋の外で妹みたいに明るく笑って過ごせるようになると、だから今はすべて神さまにお任せして安心なさいと微笑みます。
 もしも神さまの本当の姿を見たら、父は卒倒するに違いありません。もしかしたら改宗してしまうかもしれないし、これまで信じてきた教えを捨ててしまうかもしれません。そんなことを思いつくのも、他人事だからでしょうか。
 花抄院という家は、23区から離れた東京の小さな町に、古くからある神社の宮司を務めてきた家系だそうです。それを教えてくれたのは、今の宮司である父でも、母でもありません。神さまご本人です。
 ──宮司って、どんな人が務めるのか知らないんだけどさ。
 神さまは語ります。声に出すことはありません。神さまの周りには文字がふわふわと浮かんでは消えていくのです。神さまは文字を操る神さまなのだと、自分のことを指して言いました。
 ──まあそれは後々調べるからいいや。とりあえずキミはそういうお家柄のお嬢様。
 家族構成はそうだね、お父さんとお母さんと、妹が一人。キミとは三歳差くらいかな。
 妹の名前は真秀。成績優秀でスポーツ万能、みんなに好かれるクラスの人気者だ。
 キミは成績そこそこ、スポーツそこそこ、クラスの隅っこで本を読んでる地味なタイプの女の子ね──
 顔を合わせる前から決められていました。わたしは妹より出来の悪い姉だということです。まだ会ったこともない妹に、嫉妬より、申し訳なさが勝りました。こんなお姉ちゃんでごめんなさい。でも、神さまが決めたことなんです。
「お姉ちゃん、具合はどう?」
 妹が障子の向こう側から声を掛けてくれます。わたしは声を出すことができません。
 声を出すことはやめました。だってすべて原稿用紙の上に踊る文字でしかないんだもの。
 代わりに障子を少しだけ開けて、妹と顔を合わせます。
 妹は私と同じ黒い髪を短く整えた、活発な女の子です。それに、よく笑います。きっとクラスでも人気者なのでしょう。羨ましいとは思いません。初めから決まっていたことなのです。
 わたしは黒い髪を背中に流して、朝、櫛を通しただけの、飾り気のない娘です。でも、他に会う人もいないのですから、これで問題ありません。
 わたしの顔を見たら、妹は安心したように息を吐きました。そして一言二言、他愛無い挨拶を交わして、妹は学校へ向かうため部屋の前を離れました。母屋から離れたこの部屋に、毎朝通ってくれる妹は、わたしをどう思っているのかわかりませんが、少なくとも嫌われてはいないのだと思います。わたしの希望的観測かもしれませんが、彼女は人を嫌うような女の子として設計されていないように感じるのです。
 真秀。真秀なる子、真に秀でた子です。妹は優秀なのです。わたしなんて比較の対象にもならないくらい。
 わたしは、片秀(かたほ)、を文字って佳秀です。十分には整っていない娘。中途半端な出来の子です。
 名は体を表すと言いますが、まさにその通りです。ですが、それを羨んだりはしません。妹は何も知らないのですから、それを非難したりするのは筋違いです。片秀のわたしでもそれくらいの分別はついているつもりです。
 恨むべきはわたしを作った神さまなのでしょうが、その神さまも、あまり真剣に恨まれてくれる気は無いようです。暖簾に腕押しというのでしょうか。意味がないことに気づいてからは傍観することに決めました。その選択すら、神さまは楽しんでいるようですが、わたしにとってはもはやどうでもいいのです。

 まだ真っ新だった原稿用紙の上で、わたしは神さまに遭いました。
 猫っ毛とボーダーのセーター。細身のパンツスタイル。薔薇色の唇を不自然に吊り上げて笑った彼女は、名前を、

 逢沢アイリと、名乗りました。

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